The SkyRace Comapedrosaレポート
2017.09.29 髙村貴子

The SkyRace Comapedrosaレポート

The SkyRace Comapedrosa
(7月30日:アンドラ)レポート

○はじめに
昨年、イタリアのグランサッソで行われたスカイランニングユース世界選手権でSkyRaceに出場し初めて海外の大会で2位になれたことをきっかけに 、日本では味わうことのできない山のスケールの大きさ、大会会場やレースの盛り上がりに魅了され、もっと海外の山を走ってみたい、Skyカテゴリーで海外の選手と戦ってみたい、自分の実力を試してみたいと強く思うようになった。
そこで今年は大学の病院実習が始まったため、病院の先生の協力を頂きスケジュールを合わせ、Skyrunner World Series11戦の中で7月下旬開催されるレースSkyRace Comapedorosa(21km、±2280m)を選ぶことになった。
「スカイレース・コマペドローサ」は、アンドラ公国の最高峰であるコマペドローサ(標高2942m)を舞台とする同国を代表する山岳レースである。アリンサルの集落の中心から、まずはPic de les fonts (2748m)へ登り、次に2kmで約900m上昇する断崖絶壁ともいえるコマペドローサの東斜面を山頂まで直登、そして、アリンサルの集落へと戻ってくる21km/±2300mのコース。ワールドシリーズの中でも平均斜度が最も急峻な難易度の高いコースといわれている。

○怪我を克服
7月の大会までは、5月6月と時間があることを考え、心肺強化をしようと山へ行く回数を増やすトレーニングを取り入れた。GWは上田バーティカルレースに参加した後、後半のGWは毎日山を走っていた。すると、突然ふくらはぎに痛みを感じた。どんどん痛みが広がり普通に歩くことすらできなくなった。しかしその時はちょっと走り過ぎたかな、と思う程度で3日ほど休養を取れば治るだろうと考えていたが3日経っても改善の兆しがない。今までの捻挫・肉離れ・打撲などと関連付けて考えてみたが原因が思いつかない。不安は広がり、そして痛みだけは続く。7月のスカイレース・コマペドローサから逆算してみるが時間があるとは考えにくい。間に合うのか?走れなかったら?とネガティブなことばかり考えてしまう。焦る気持ちを抑えていくつもの病院、接骨院などをかけ回ってみたが、それぞれの診断がまちまちで対処の方法が見つからない。一応に言われることは「走ることはせず、静かに生活すること」である。もう考えても仕方がない、自分の体の治癒力を信じて待つことをするしかない。しかし気持ちは焦る。山を走りたいからと予定していたSKYRUNNER JAPAN SERIESの経ヶ岳バーティカルリミット出場を諦めた。これだけ休んだからもう大丈夫と判断し、旭川で行われたカムイの杜トレイルランに参加してみた。序盤はテーピングのお陰で痛みを感じることはなかったが中盤以降痛みがぶり返してきて、ゴールした時は氷の入った袋とテーピングでぐるぐる巻き状態で誰かに支えてもらわないと歩けない状態になっていた。もうちょっと走ることを我慢していたらと、レース後は後悔ばかり。2週間後に行われるシリーズ戦:菅平スカイラントレイルを目標に病院・治療院に通う。「走ることは一切禁止、毎日ひたすら治療に専念する」の条件付きで治療に専念した。大会の5日前にようやく「テーピングをしたままなら走っても良い」と許可を取り付けて、走れる喜びを噛みしめた。しかし前レースのこともあり不安は大きい。ましてや今の状態では足の筋肉に左右差がありバランスが悪い、思うようには走れないかもしれない。どこまでいけるか?今回の大会は自分との闘いと決め、45kmにチャレンジすることを決意。「何が起こるかわからない。途中棄権するかもしれない。それでも走れることが嬉しい」高鳴る気持ちを抑えてレース前日を迎えた。
ここ一カ月、歩くことがやっとであったことを考えるとスタートに立てるだけで幸せである。完走だけはしたいなあ。いざスタート!序盤は何とか痛みを抑えて走っている。足も呼吸も思うようにコントロールできないし辛い。不安、弱気、途中棄権などマイナスのことばかり頭をよぎる。しかし、山に入るとだんだん空気が薄くなりきつくなる筈だと思っていたが、思いのほか体が軽く動いてスイスイ前に進んでいる。山を走っている!嬉しい!楽しい!私が本当にやりたいことはこれだ!と改めて感じていた。ゴールアーチをくぐり完走の目標を達成した。思いがけない優勝と大会新記録と聞き、怪我からの再出発を誓った。怪我というハプニングを背負ったが、改めて走れた喜びや楽しさ、トレイルランニングに魅了されている自分を確認する良い機会になったことを実感したレースであった。

○立地を活かしたトレーニング
今年の目標であるスカイレース・コマペドローサに向けての本格的トレーニングの始まりだ。北海道ならでは立地条件を活かして、週末や休日を利用して旭岳や十勝岳を始め行けるところを見つけ山を縦走することにした。北海道は火山活動が続く山が多いため、火山灰地帯やガレ場など練習に相応しい環境に恵まれている。2,000m強の山々から見下ろす景色はまさにTHE SKY!と叫びたくなる眺望で、行くたびにワクワクしてトレーニングを積むことができた。トレーニングといいつつ景色がよすぎて写真を撮ってばかりでしたが(笑)。

○出発直前
出発前の最後の週末、出発の準備を始めた。今回のホテルは朝食のみ、なので、日本食を多めに持って行く。そして日本にいる状態を維持したいと考えた。私の日本食はもちろんお餅!白米よりお餅が大好き。レースまでお餅パワーで乗り切ろうと考え、お餅を沢山持っていくことにした。加えて日本食が恋しくなっても対応できるように味噌汁、ふりかけ、あずきも準備した。
遠征用のキャリーは去年も使ったeagle creekのギアウォーリア―29を使用した。このかばんの良いところは、荷物が詰めやすい。だからマッサージボールやシューズもきれいに収納でき無駄がなくとても使いやすい。ハードケースと違うソフトケースで、軽く、自由に物が詰められるのでストレッチボードも持っていくことができた。上部には、小さなチャックが付いていて、大きいところでは埋もれてしまいそうな小物を上手に使い分けできるので、とても重宝する。持ち物を吟味しつつ、なんとか無事に荷物をパッキングできて準備完了。

○出発(7月26日)
今回はドーハ経由でバロセロナに行き、アンドラまでバスで向かう。飛行機は東京からドーハまで10時間、ドーハからバロセロナまで6時間40分の計約17時間のビックフライトである。そして、バロセロナからアンドラまではバスで約4時間かかり、ようやく大会会場のアリンサルに到着、26日は本当に長い一日だった。ホテルにチェックインして、明日は試走に行く予定。時差ぼけをあまり感じることなく、移動疲れのせいかぐっすり眠ることができた。

コマペトローサ(7月27日)
アンドラ2日目は、移動で硬くなった体をほぐそうとアンドラ最高峰のコマペドローサへ試走しに行った。ゴンドラが動いていなかったので、レースコースを逆走する形でコマペトローサを目指す。2000m付近に差し掛かると絶景が広がり、この先1000m上がるとどんな世界が待っているのだろうとワクワクしながら登っていった。つい試走と言うことを忘れて、景色の美しさとスケールの大きさに驚かされ、想像を絶する光景に興奮せずにはいられずどんどん走ってしまった。2300~2400mくらいからは岩がゴロゴロした斜面になり、2600mくらいからは一歩踏み外せば引きずり込まれそうな崖になっており、慎重にかつ上半身をフルに使って登る岩場が山頂まで続きスリル満点だった。レースではここを逆に下るのだ。やはりワールドシリーズ戦は登りも下りも全てが今までとは違う過酷さがある。山頂にはアンドラ公国の旗が立っていて、新たな闘志が湧きあがった。レース本番では、後半飛ばせるかどうかが勝負どころと考え試走を終了した。

○レース2日前(7月28日)
このSkyRace Comapedrosaはスカイランニングユース世界選手権と同時開催されており、今日はユース世界選手権バーティカル(VK)が始まる。昨年のユース世界選手権を思い出しながら、一緒に戦ったユースの仲間たちの応援とサポートに出かけた。VKは30秒間隔で一人ずつスタートしていくので途中で一人一人の顔が確認でき、応援も一人ずつしっかり声をかけてできる。久しぶりの応援は新鮮だった。あと2日後は私の今世紀最大のレース。少しずつ気持ちが高まってきた。

○レース前日(7月29日)
レースの前日は、いろんなことが頭をよぎる。ネガティブなことばかり考えがちになる。それに加えてエントリーリストを見ると強豪選手が名前を連ねていることを知る。私の掲げた目標「TOP10入り」すら達成できないのかと不安になった。そんなとき「疲労が残っているとか、体調がよくないとか考えても仕方ないよ、疲労が抜けていなくても体調がよかろうが悪かろうが本番自分のベスト尽くすだけだから。自分の力100%出せたら大丈夫だから自信もって」とみんなに言われ、そうだ何があっても自分のベストをだして目標3時間30分を切るんだ!と思うと、その瞬間周りのことは気にならなくなり自分の事だけに集中できた。ゴールするところをイメージしながらレースの準備をし、リカバリーベスパを飲んで眠りについた。

○レース当日(7月30日)
レース当日の朝は、目覚めよく起きた。しかし私にとって、今世紀最大のレースであるからやはり緊張はある。あまり深く考えず、さあ朝ごはん。大好きなお餅とおにぎりを食べて、コース図を眺めて最終チェック。もう一度レースプランを頭にいれた。
8:30がスタート予定。ホテルと会場が近いこともあり7:40頃に会場に行くと、あまり人が集まっておらず本当にレースが始まるのか?と思ったくらい静かだった。30分前にべスパハイパーとジェルを摂り、装備チェックを受けてスタートゾーンに入る。スタート10分前には続々と選手が入ってきた。写真や雑誌で見たことのある選手たちが目の前に現れた。そしていま世界のVK女子では圧倒的に強いラウラ選手を間近で見て、足の細さ、足の長さ、無駄のない体型そしてオーラが半端ではないと感動してしまった。しばらくするとスタートの号砲が鳴った。あ!始まったと考える暇などないくらい最初のペースが速い。この速いペースに女子選手たちもガンガンついていく。驚いている間もなくそのままのペースで山に入っていく。私は残念ながら、山に入ると後ろから来る女子選手にどんどん抜かれ、海外の選手たちの本当の強さを見せつけられた。山に入る時点でペースが速かったため、息は絶え絶え、足は乳酸でパンパン。ここまで来てなんで足が動かないんだ、なんでだ?とパニックに陥った。このままでは終われない、もう少し我慢すれば絶対回復する。絶対体は動くはず、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、せめて前の選手に離されないように必死でくらいついていった。山に入ってしばらくするとだんだんペースも落ち着き、私の体も少しずつ動くようになったことを感じ取ることができた。足の動きはいま一つだが前の選手を一人ずつ抜けるようになってきた。1つ目のエイドを過ぎると友人が応援に立っていてくれるのが見え元気が出て、そこから少しずつペースを上げることができ、後ろに張り付かれていた女子選手をじわりじわりと引き離すことができ、それと共に、前の女子選手に少しずつ近づくことができた。山頂付近のエイドでは、今5番だよ。3,4位の選手が見える位置でと言われて自分の順位や前とのタイム差を知り、もしかしたら3番になれるかもしれないと自分を奮い立たせ、今できることは前の選手を追いながら自分のペースを作り進んでいく。頭の中で「山頂から次のエイドまではほぼ下りであり、その後はコマペドローサに向かう、このレース最大の2㎞で1000mの登りが待っている」レースコースを思い浮かべ整理する。順調に進んできたが、山頂からの下りで足がつりそうになり次の登りに不安を感じるも、登りが終わればあとは試走したコースだけだ。気持ちを切り替え、3つ目のエイドで水分とジェルをしっかり補給し2㎞の登りに突入した。登り始めると1つ目の山の時よりも体が軽い。この調子で山頂まで足動いて!と心の中で叫んで登っていく。4位の選手が目の前いる、追いつくも海外の選手の一歩は私の3歩分ほど進んでおり、抜きたいのに思うように抜けない。足の長さは有利で羨ましいと本当に思った。ようやく抜いて登っていくも、後ろから、ワールドシリーズ戦の中でもレベルが高い:イタリアドロミテレースで2位になったヒラリー選手が近づいていることに気づいた。この登りはずーっと全身を使いながら登ってきたため、疲労がたまり山頂が見えるのにペースが上がらない。でも抜かれたくない、必死で山頂まで登った。
やっとこのレース最大の斜度を登り切った高揚と同時に2900mの山頂に4つ目のエイドがあることに感動した。さあ、後は下ってゴールするだけだと気合いを入れるが、試走で登って来たはずの例の岩場が全く進まない。下りの方がかなり急な斜度に見え、足運びをゆっくり確実にしないと岩場を越えることができない。苦戦に強いられていると後方にいたヒラリー選手に追いつかれ一瞬で抜かれてしまった。あっという間に差が開いていく。なんとか今以上差を広げないようすることだけで精一杯だった。
まだスピードを出せる時が必ずくると信じて、何とかヒラリー選手との差を広げないように粘り、山小屋近くの5つ目のエイドに着いた。すると、3位を走っていたミーガン・キンメル選手の姿を捉えることができ、4位を走っていたヒラリー選手がミーガン選手を抜いて3位になったことがわかった。そして私もミーガン選手を抜いて4位になることができた。「このままで終わりたくない。ここまできたらゴールして表彰台に上がりたい!今こそ、自分の100%の力を出す時だ。」とできる限りの力を込めて無心で走った。あまり記憶に残っていないが、ヒラリー選手を抜いていたことに気づいた。ここからは林道でいつも通りの走りで大丈夫だと自分に言い聞かせ必死で走り続けた。トンネルを抜けると予想外の小刻みなアップダウンの牧草地のトレイルが待っていた。もうゴールのマイクの声が聞こえる!!早くゴールしたい!!トレイル早く終わって!!と心の中で叫びながら走っていると、やっとゴールが見え、そこではユースのメンバーが待っていてくれた。ゴール前200mには応援してくれている地元の人たちや関係者の方たちがずーっと声をかけてくれた。この応援と歓声の情景を思い描きながらゴールを目指し走ってきた私には嬉しく疲れが吹き飛んでいく瞬間である。「今まで頑張ってきて良かった。やり遂げた達成感。充実感。すべてがここにある。」と心から思えた。
ゴール後は仲間たちから「おめでとう」の言葉をもらって本当に嬉しかった。目標の3時間30分切りを実行でき3位に入ったことはとても嬉しい結果を得ることができた。

○表彰式
ワールドシリーズ戦の表彰式は私にとって特別の思いであり、緊張の連続だった。憧れのラウラ選手と同じ表彰台に並び握手をする。肩を組んでフラッシュを浴びた。とても嬉しかった。しかし、1位のチャンピオンビブを着ている選手を見るとやっぱり格好いい。私もワールドシリーズのビブを着たい!次の目標だ!自分の納得できるレースをして1位でゴールをすることを目標に頑張りたいと思っている。

〇ワールドシリーズ戦に出場して
ワールドシリーズ戦に参戦して、山のスケールの大きさ、コース設定の厳しさ、海外選手のレース前の独特の雰囲気、レースのスピード感など今まで私が体験することができないことを経験することができた。そして、海外選手は女子といえども追い越すときの迫力は男子並みで、また抜いたとき息が苦しいそうであっても諦めることなく限界まで粘り続ける忍耐力を目の当たりにして、私はレースの雰囲気に呑み込まれそうになってしまった。辛い時、後のことを考えて体力温存のためスピードを落としたりすることが多かったけれど、今回はここで頑張らなくていつ頑張るのだと自分にプレッシャーを与えて前を追っていった。自分で思っていた以上に粘れることがわかり自信に繋がった大会でもあった。

○おわりに
今回、遠征前から沢山の相談にのってくださったみなさん、サポートしてくださったメーカーの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。今回経験したことを活かし、今後も自分の納得いくレースができるよう努力していきます。応援本当にありがとうございました。

レポーター紹介
髙村貴子
髙村貴子

1993年1月石川県出身の現在、北海道旭川市在住の大学5年生。クロスカントリースキーのトレーニングの一環でトレイルランニング大会に出たのがきっかけで走り始める。
2016年イタリアで開催されたスカイランニング・ユース世界選手権では女子2位、同年のハセツネでは女子優勝と成長著しい注目の若手アスリート。