2013.09.20

アンドラの夏至の朝

渡邊 千春

2013年の夏至の朝、私はピレネー山脈のスペインとフランスという大国に囲まれたアンドラ公国のオルディノ教 区の教会前にいました。この国の周囲を一周する100マイルのトレイルレースのスタート地点です。2009年の モンブラン山塊を1周するUTMBから数えて5年連続5回目の海外の100マイルレース参加です。自分の未熟さ により、また運の無さから悪天候にコースを短縮されるなどして納得のいくレースができたことはありません。 しかし今年は、4月後半にUTMFという富士山の裾野を1周する100マイルレースを昨年よりも90分早く完走し、 その後の調整も順調でした。

スタートの3日前に、海外遠征で必ず一緒になるフランス人の友人Vincentとコース最高地点のコマ・ぺドローザ(2942m)を目指し試走したのですが、残雪に阻まれ山頂にはたどり着けませんでした。雪解け水が怒涛の勢いで小川に流れ込んでいて渡渉する度に靴はずぶ濡れになるのでした。スタート前日のブリーフィングでも主催者は、コースは「Wet, wet, wet」と言って皆を笑わせていましたが、正直それ以外表現のしようがない状態で、残雪を避けるためにコースは大幅に変更され、レース中に天気予報通りコース上で雷雨が発生したらスタート後にコース変更もあると言っていましたが、主催者には「コース変更はしても、はるばるアンドラにやってきたおまえ達は必ず100マイルを走らしてやる!!」的な熱い気持ちを感じさせる主催者でした。

それまで大音量で流れていたオペラが急に止まったのを合図にレースがスタートしました。2011年のUTMB以来の友人であるJohn Tidd選手(今年のUTMBで10位)としばらく並走しましたが、「俺は座骨神経痛で今日はダメ、今日はChiharuの日だ!」と背中を押され一気にペースアップしました。初めてヨーロッパのレースを走った時に日本では見たこともない大股で長く続く登りを力強く登っていくランナーに圧倒され、それ以来、普段から階段を登る際に「ハムストリングを使う」、「大腰筋で足を大きく振り上げる」ことに意識を集中させ大股登りを自分のものにしようとしてきましたが、レース序盤のわずかの距離でしたが、初めて登りでヨーロッパの選手との差を詰めることができました。登り基調の10km過ぎには速そうな男子の集団に加わりました。UTMBで何度かレース中に顔を合わせた記憶がある選手をパスする時に「UTMB?」と聞くと「Oui, allez allez‼」と満面の笑みで答えてくれました。「あ~お前か、調子よさそうだなイケイケ‼」的な返事ですね。残雪の中でレースをするという視覚的な刺激も加わってこれまで味わったことがないほど夢中で走っていました。100 マイルという距離をレスペクトするあまり、ペース配分ばかり意識するステージを超えて序盤から所謂ゾーンに入った状態で100マイルのレースを走れるということに進化を感じていました。ここまでは本当に自分に対して「スゲー!」と思えるレースでした。

15kmあたりのSortenyという最初のエイドステーションに向けてフルスピードで右カーブの下りを下り始めた際、濡れて滑りやすくなっている岩に左足に体重を預けて曲がろうとした時に足を滑らせました。崖から滑落するなと思い全身でブレーキをかけたところ、右足首を酷く伸ばした状態で仰向けに倒れました。伸ばした右足首の踝の上あたりに痛みを感じ、「ぼきっ」と音も聞こえたような気がしました。集団の最後尾を走っていたので、だれも私の転倒に気が付いていないようで、坂を駆け下りていく後姿を仰向けのまま見送りました。2本ある脛の骨の外側の腓骨が折れたと思いました。しばらく仰向けに寝そべって青い空をしばらく見つめていました。ゆっくり立ち上がると着地の度に痛みを感じるものの歩くことは出来そうでした。ゆっくりですがSortenyに向かうことにしました。Sortenyで止めることも出来たのですが、続ける間に回復する奇跡に望みをかけてVincentが待っている30km地点のLlortsという次のエイドステーションまで進むことにしたのですが、途中からアキレス腱に痛みが広がりのろのろ歩くのも怪しくなりました。追い越していくランナー数人が肩を抱きしめて慰めてくれるような仕草をして行きました。皆、他のランナーに対し共感をもっているんですよね、競争しないだけじゃなく。

VincentはLlortsのかなり手前まで来て迎えてくれました。「ここでリタイヤだ」と告げると、私以上に悔しがっていました。続けたかったですが、うまくいって歩き続けることが出来ても残雪が残るコースで二次災害的な怪我をすることも考え、今回はここで止めることに迷いはありませんでした。2009年のUTMBでのリタイヤをきっかけに走り方やレースに対する考え方を切り替え、帰宅ランや自宅近くの井之頭公園の階段を使ったトレーニング等で効率的にフィットネスを高める努力をしてきましたが、今回のレースでは、まず自信を持ってレースに臨めたこと、大股登りもヨーロッパの選手に伍していけることが出来たことなど様々な収穫がありました。上位入賞のような形は残せなくても自分の進化は十分確認でき、ランナーに対し常に共感を持つヨーロッパのトレイルランニングの文化にも触れることも出来ました。リタイヤしても思いがけないほど悔しさを引き摺ることがなかったのは、このような経験を日本のランナーに伝えるために、リハビリして走り続けるとの覚悟がその時にあったからだと思っています。

サラリーマンとして、もがき苦しんでいた30代前半に香港で山を走り始めました。帰国後にはトレイルランニングのレースに熱中し、入賞するなど結果も出ていましたが尊大な態度で臨んだ2009年のUTMBで100マイルレースという大きな壁にぶち当たり今の私があります。実は100マイルの次のチャレンジも思い当たらなくはないですが、目標は“One at a time”。100マイルを気持ち良く完走し、区切りをつけて次の目標に向かうつもりです。私の人生には3本柱があります。家庭と仕事とトレイルランニングです。トレイルランニングとの出会いから今までについては、「走作楽天」というストーリーにまとめてみました。近日Field Reportで公開予定です。

レポーター紹介
渡邊 千春
渡邊 千春

外資系企業で働きながらも、UTMBなど海外レースをはじめ数多くのトレイルレース、イベントで活躍中のビジネスマンランナー。親子でトレイルレースへの参加やアルプス山行などトレイルを楽しむ。