2013.10.17

「走作楽天」第2話 毎日楽しむ 。

渡邊 千春

※表紙イラストは渡邊千春さんの奥様が本連載用に書き下ろしてくださいました。

【第2話 毎日楽しむ】

30代前半に香港で走り始め、私の人生が変わりました。少なくても毎日の楽しみが一つ確実に増えました。大げさに言うと、人生がバラ色になりました。

香港では、当初住んでいたミッドレベルという100万ドルの夜景で有名なビクトリアピークに近い高台の住宅地から長女の学校の近くのハッピーバレーという香港島の競馬場の近くのやはり高台に引っ越しました。その自宅は、ボーエンロードという片道4kmのフラットな散歩道の一端の近くにありました。ボーエンロードは、ハッピーバレーから香港動植物公園を繋ぐ香港島の山とビル群の間の空中回廊のような風情の道です。余裕がある朝は、散歩道からの香港のビル群、カオルーンの高層ビルや山並みの景色に飽き足らず、入場無料の香港動植物公園に入りフラミンゴ、オランウータンなどの好きな動物達の檻まで足を延ばし、帰路ワンチャイギャップという高台にある公園に向け付いている斜度15度ぐらいの坂道を駆け上がり高台の公園から東シナ海を眺めたりしていました。これ以外にも様々なバリエーションがあり毎日走っても飽きないジョギングコースでした。当時は、今のような健康ブームでもなくジョギングをする人はほとんどおらず、コースを独り占めでした。太極拳を楽しむ老人やヌンチャクを振り回す若者を横目に疾走すると、コース上を蛇(一説にはコブラの目撃証言も!)、ハクビシン、ハリネズミなどの野生動物が横切るワイルドなコースでもありました。

日本に帰国後は、武蔵野市の住民です。武蔵野市といえば吉祥寺、吉祥寺といえば井之頭公園です。私は、トレイルランナーと称されることが多いですが、井之頭公園を中心に主に平地でトレーニングをしています。公園を貫く玉川上水沿いには不整地の道が上流に向かえば多摩川の取水口まで30km、川下の久我山まで4km続いています。東京のような大都会でこれだけの不整地のコースが繋がっているのは他に例がないと思います。法政高校の隣にある森は木の根が張り出していて多少起伏もあり、自宅から走って5分ほどの距離ですがトレイルの雰囲気を十分味わえます。井之頭公園の西側、ジブリ博物館の横には市民に開放している400mの土のトラックがあります。2009年から毎年参加しているUTMB直前に心を整える練習として、日陰のほとんどないこのトラックを8月初旬の特に暑い日の暑い時間を選んで、トラック100周するトレーニングをします。今年は、UTMBへの参加は見送りましたが、8月初めの日曜日に縁あって時々一緒に走る福田六花さん(お医者さまであり、ミュージシャンでありランナーとしても活躍され、数々のランニングイベントをプロデュースしています。)や仲間達がトラック100周に挑戦してくれました。ぐるぐる回ってちび黒サンボのように溶けていく感覚を炎天下十二分味わってくれたと思います。井之頭公園にある弁財天の階段20段を100回上り下りする練習で標高差のあるトレイルを走り切る走力を鍛えています。お百度参りと命名していますが、このトレーニングは結構筋肉に負担がかかりハードなので通常は週1回ぐらいにしています。今年の3月、息子の本命の高校受験の時です。私には願掛け以外何もできないので、特別に3日連続でお百度参りをしました。今年はUTMFが4月に開催され、例年冬の間はトレーニングを減らしているのでレース前に160㎞以上のウルトラトレイルを完走できるような距離を走れていなかったのでしたが、この3日連続お百度参りのお蔭で完走できたのだと確信しています。息子も本命に合格しました。公園では沢山の人に声をかけられ、こちらも声をかけて知り合いを増やしてきました。私のお百度参りを30分近く唖然として見ていた通りがかりの散歩の人、私の階段を飛び降りる様子が気になるようで飼い主に構わず居座ろうとする犬や急な階段に登りたがる幼児。雑誌ターザンで私のことを取り上げていただいたことがありますが、編集者の方に声をかけていただいたのも公園をジョギング中でした。

出張先や旅先でも、私の一日は走ることでスタートします。出張でも必ず走るためのウェアとシューズは必ず持参します。最近着用することが多いベアフット系のシューズやワラーチサンダルはかさばらないので重宝しています。出張先で走って印象に残っているのは2009年に訪れた上海です。早朝でも、晴れていても空気が霞んでいて500m先がみえません。なんと夕立の後ですら霞が取れないのです。数日たって治安に心配はなさそうだったので一度外で走ってみようと思いました。遠くが見えないので、道に迷って困らないようにコースがわかりやすいホテルの近くにある広大な中山公園という公園の外周を走ることにしました。この頃は、初挑戦するUTMBでのストックを使った走りに慣れるため、常にストック持参で走っていました。上海にも持ち込んでいてホテルのジムのマシーンで使っていたのですが、あまりすがすがしくない上海の早朝の公園に向けてストックを突いてジョッギングを始めました。しばらくすると、私に向かって歩いて来る上海市民が訝しそうな表情でこちらを見ていることに気付きました。よくよく考えると、霞んでいるため私が遠くを見えないことの裏返しで、ランナーが珍しい上海でストックを突きながら結構な速さで走ってくる私を警戒しているのだなと気が付きました。そういえば私はスキンヘッドでした。いたずらに上海市民を驚かすのは本心ではないので、ストックを畳んで手に持って走り続けました。

ピレネーの山は乾いた岩稜でした。恐竜の背中のようなアクセントのある岩が印象的です。休暇をとって旅行する時は、日中家族と過ごすのでやはり早朝に走ります。香港に駐在している間に何度も東南アジアのビーチで休暇を過ごしました。早朝に砂浜を走ると大抵気温の低い朝に活動的になる放し飼いの番犬に追いかけられます。バリ島、マレーシアのペナン島、タイのホアヒン、モルジブ。至る所で放し飼いの犬に追いかけられました。その度に「ああ走るんじゃなかった」、「狂犬病の予防注射打っといてよかった」と思うのでした。2004年に妻の父の実家がある五島に行った時のことです。五島列島は様々な島から成り立っていますが、五島列島で最大の福江島に長崎からフェリーで入りました。福江島に滞在中、やはり毎朝走りましたが鬼岳という300m程度の標高の円錐形の山の形が印象的だとか、走っている車が全て制限速度以下で走っていてのんびりしているなとは思いましたが、特に海沿いの他の町を走った時と違った感じはありませんでした。ところが義父の実家のある上五島では、やたら子供の挨拶が良いのです。走っているとすれ違うたびに「おはようございます」と大きな声で、こちらの目を見ながら子供たちが止まって挨拶してくれます。私は、挨拶は返しましたが、それでも走り去ることに罪悪感を感じたほどの丁寧さでした。そもそもやましいことをしようとしているわけではないので、これは単純に気持ちよかったです。どんな素晴らしい景色も時間とともに印象が薄くなっていきますが、このような印象はまったく薄れていくことはありません。今後も上五島を超える元気で丁寧な挨拶をする地域が日本に存在するか探し続けたいと思います。

2005年に家族と妻の両親とでヨセミテ国立公園に行った時のことです。車中からクマやなかなか人前に現れないというコヨーテを目撃することが出来、それだけでも思い出深い旅行でしたが、旅行の目標を果たすべくハーフドームというヨセミテの象徴ともいえる2682mの頂にある岩山を目指すことにしました。ヨセミテバリーという日本で言えば観光の拠点という意味で上高地のような場所を出発し片道13kmの砂地のトレイルを1100m強登ります。ヨセミテバリーは乾燥して気温が30度前後ありましたが、トレイルは木々に覆われさほど暑さを感じることもなく、標高2000mを超え森林限界の先に進んでもシェラネバダ山脈の3000mを超す山並みやヨセミテの1000mを超す谷を挟んだ向かい側の山のハーフドームを望む展望スペースに佇む観光客などの景観のおかげで飽きずに山頂に到着すことが出来ました。いよいよハーフドームを攻めるぞと岩山にかかる鉄の階段に向かうと制服姿のレンジャーがそこにいました。嫌な予感がしたのですが近づいて挨拶すると、「今日はもう登れないよ。工事しているから。」とそっけない返事でした。スタート地点のTourist informationで確認してくれば良かったと思いながらも、「この為だけに日本から12時間も飛行機に乗ってきたのにダメか?」、「お前が見て無かったことにすれば良いじゃないか。」、「日本に来たら家に泊めて、富士山を案内してやる。」と様々な陽動作戦を仕掛けたのですが、結局望みを果たすことはできませんでした。後で、このトレイルが340kmのジョンミューアトレイルに繋がっているということを知りました。いつか、ジョンミューアトレイルを歩くことが出来たら、ハーフドームに再挑戦をしたいと思います。


南アルプスの赤石、悪沢の3000mの尾根を早朝から10時間以上走り抜き、椹島を14時に出発する最終バスに間に合った小6の息子。大人びた表情がこの二日間の山小屋合宿の成果です。もちろん、山に行くことが目的の旅もあります。夏合宿と称し息子と日本アルプスの山小屋泊を組み合わせた山行を数年間続けています。息子が小学4年の夏には中央アルプス木曽駒ヶ岳から空木岳の縦走、翌年には上高地を起点に奥穂高岳、槍ヶ岳の周回コース、その翌年には南アルプス椹島を起点に赤石岳、悪沢岳の周回コース、そしてその翌年には南アルプス広河原から、北岳、間ノ岳、仙丈が岳、広沢峠の馬蹄形コースをそれぞれ1泊2日の日程で周ることに挑戦しました。いずれも歩行時間30時間以上、標高差3000m以上のタフなコースです。息子は日本アルプスとの相性がとても良いらしく、これまで日帰り登山も含めほとんど快晴に恵まれ、好天という舞台設定のもと様々な苦楽を共にしました。悟ったような顔でじっと動かず中央アルプスから御嶽山の方を見つめているサルはソニーのCMの様でした。空木岳のだましピークには何度も落胆させられ、さらに空木岳から駒ケ根への下りでは水が尽き1時間ほど喉がカラカラの状態で走り続ける事態に見舞われました。息子も私も堪忍の緒が切れそうだったまさにその瞬間、30分前から今か今かと待ち続けた池山という水場に到着し息子と歓喜のハイファイブ(2007年、中央アルプス)。大キレットを通過中に横浜からお母さんと来ていた息子と同い年だという可愛いらしいお嬢さんとすれ違った時と北穂高岳でロケーション中の知り合いのカメラマンに遭遇した時以外は、超緊張の連続だった息子(当然私も!)が南岳小屋で見せた心の底から安心したという笑顔(2008年、穂高から槍)。その日暗いうちに赤石小屋を発ちすでに8時間近く赤石岳、悪沢岳の3000m級の山々を走り通した息子が、午後2時に椹島を出発するその日の最終バスに遅れぬよう最後の気力を振り絞り、でもプレッシャーのため泣きながら1時間半走り通し、椹島でみせた大人びた表情(2009年、赤石、悪沢)。私の先を走っていた息子が北岳小屋、間ノ岳と仙丈が岳の山頂で一日に3度も登場した雷鳥の親子を見つけ、私に教えてくれた時の満足げな表情(2010年、南アルプス)。日本アルプスという飛び切りのチャレンジを可能にする素晴らしい舞台での息子の成長する姿の記憶は私の宝です。

走るのは「達成感を得るため」というような堅苦しいことをPart1で言っていますが、走った結果得られたこれらの思い出は私の宝物です。寝付けない夜は、仕事のことを考えてしまって更に目が冴えてしまうことってありませんか?本を読み出したり、寝酒を飲んだり。私はこのような時に走った時の記憶をたどって安らかな気持ちになろうとします。それでも寝れなくても構いません。良い思い出を思い出すために時間を使うって贅沢ですよね。

 【Chiharu`s Trail Pick】世界のトレイル”Pic du Midi and Col du Tourmalet (Tour de France)in France

トゥルマレ峠はTour de France山岳コースのゴール地点として有名です。世界中のバイク乗りが記念写真をとって、レストランで栄養補給していきます。ヤマケンこと山本健一選手が優勝して日本で一気に知られることとなったGrand Raid de Pyrenees(GRP)の最高到達点であるPic du Midi(2876m)とツールドフランスのピレネー越えで有名なトゥルマレ峠をやはりGRPのメジャーなエイドステーションであるArtigues(1190m)という村を起点に周回するコース。ヤマケン好きと自転車好きにはたまらないコースですね。Artigues まではエアバスの本社などがあるフランス屈指の産業都市であるToulouseから車で4~5時間です。キャセロールという厚手の鉄鍋でウサギの肉や豆や野菜を煮込んだ料理はこのあたりの発祥だそうで多くのレストランで家庭的な味を楽しめます。Artigues からPic du Midiの山頂までは1700m近い標高差がありますが、Artigues からCol de Sencoursにある石作りの重厚な山小屋までは7㎞弱のなだらかな登りです。Pic du Midiの鋭角な山頂を視界に入れて登りますので、ヤマケンのように山頂を目指しガシガシ登っていきましょう。Midiとは12時という意味で時計の針が12時、すなわち真上を指すように尖ったピークという意味だと教えられましたが、MidiまではSencours から3.5km、標高差で500mの急登です。私は山頂から豆粒のようだったヤマケンが30分弱でピークに着くまで大声で声をかけていました。しばらくは私の声に気が付いていなかったので、それだけ標高差があるということですね。Midiについたら360度のパノラマを堪能しましょう。西側にはユネスコ世界遺産の一部でもあるガヴァルニー渓谷の雄大な景色が広がります。ピークを下りて、Sencoursからトゥルマレ峠までは車が通れる砂利道です。トゥルマレ峠には自転車乗りの像があり、記念写真ポイントになっています。峠にはレストランがあり、多くのサイクリストも休憩し、おいしい食事で補給をしています。私のお勧めはバナナチョコレートクレープです。ここからArtiguesまではTour de Franceの舗装道路を下りても良いですし、スキー場をトラバースしてトレイルを下りることも出来ます。

「走作楽天」の第三話へとつづく

レポーター紹介
渡邊 千春
渡邊 千春

外資系企業で働きながらも、UTMBなど海外レースをはじめ数多くのトレイルレース、イベントで活躍中のビジネスマンランナー。親子でトレイルレースへの参加やアルプス山行などトレイルを楽しむ。