ウルトラ・ツール・モンテローザ遠征レポート
2018.11.16 山本 健一

ウルトラ・ツール・モンテローザ遠征レポート

ウルトラ・ツール・モンテローザ
遠征レポート

 今年もこの季節がやってきました。
選んだのはスイス・イタリアにまたがるモンテローザをぐるっと一周する、ウルトラ・ツール・モンテローザ(UTMR)。UTMB五連覇の実績を持つ伝説のイギリス人LizzyHawkerさんがレースディレクターをつとめる距離170km、累積標高11300mの山岳レースである。今年はコースについて念入りに研究し、険しく激しく、とても走りたいと思えるコースだったのと、仕事の都合がつく時期だったので、迷わずエントリーした。多くの方のサポートでこの遠征に行くことができ感謝しかない。ありがとうございます。

All_Photo_Sho Fujimaki

 スイスは始めて訪れる場所だった。牧歌的というイメージが強く、実際にそうだった。気候は日本の晩秋のような感じで、晴れると放射冷却が厳しく、0度近い感じがした。言語はドイツ語。僕はドイツ語を全く知らない。「ありがとう」すら知らない。行きの成田空港でドイツ語の本を購入した。いつもの猛勉強である。これが楽しく、遠征に来ていると実感する瞬間でもある。基本フレーズは意外とスムーズに入ってきた。「チュース!」これは「さようなら」。現地で使ったら、何人かに笑われた。確かに、日本でもチュース!はふざけている感じがする。でも何回も使った。笑われても使った。もしや、死語なのでは。「バイナラ」とか「バイビー」といったものか。少し恥ずかしさも出てきたところで、あるスイス人の方に聞いたら、問題ないと言われてそれからは自信を持って、チュース!さよならするときは必ずチュース。

 僕たちのチームが滞在した場所は、メイン会場のグレヘンの外れのシャーレで、駐車場から玄関まではかなりの急な砂のオフロードを登らなければならない。到着した日、大きなバッグを持っていた僕たちはその坂に苦戦した。部屋はたくさんあり、外にはバーベキューコンロ、卓球台。レースを終えたらやることが、自動的に決まった。

 UTMRは9月6日木曜日朝4:00スタートである。いつものレースは金曜日スタート。今までで一番速いスタートとなった。現地に着いたのが月曜日昼間だったため、その夕方と、翌日の火曜日にロープウエイを使って、少しだけ標高の高いところに行った。特に火曜日には、Zermattに行き、初のマッターホルンを見ることができ、感激。とてつもなく大きく見えた。2014年に相馬さんはここを登っていたのか、と頭の中で思っていた。今回、一緒に行ってくれている、カメラマンの藤巻翔くんや、ムービー班の渡辺雄太くん、パパスくん等と撮影もしながら、一時間ほど体を動かした。天気も良くすごくいいのが撮れたよう。レースではここの区間は麓のZermattからコース高峰のTheodulpassまで標高差約1700mの一気登り。そんなこともイメージしながら体を動かした。下山後は娘へのお土産を探しながら街をぶらぶらして、今回も食事などで総合的にサポートしてくれている直子さんとサンドイッチを食べた。直子さんはお土産を買うときにいつもアドバイスをもらうことにしている。僕はお土産にセンスが無いのです。

 水曜日の午前は荷物の終チェックを通生さんと一緒に行った。通生さんは本当に丁寧で、僕なんかだったら適当にしまってしまいそうなものも、一つずつ丁寧にパッキングし直したり、いつも大限にサポートに徹してくれる。2011年から完全サポートをしてくれている。一緒にいるととても安心できる。午後は受付。メイン会場の隣の建物で受付をした。装備点検はかなり念入りに行っていた。GPSもザックの外側につける。デポバッグは4カ所と非常に多い。やはり過酷なレースだけに、それだけ丁寧に行うのだろう。必携装備で寝袋(ビビー)を持参したのは初めてのことである。

 夜はまだ明るいけど20時には完全に就寝した。その夕方、トレーナーの越中さんとマッサージをしている中、話をした。どうやら越中さんには昨年リタイアしたことで、僕の中に少しだけある不安がバレバレで、その不安をうまく取り除いてくれる話だった。どんな話かというと、まず、ここまでしっかりトレーニングしてきた「自分の体を評価する、褒める」そうすれば体はもっといい方向にのびる。それから「ゴールの先のイメージをすること」インタビューとか帰国して家族と会ったときの顔とか。どちらにしても楽しさをイメージしてみようということだった。楽しければ、多少眠れていなくても関係ない。昨年のリタイアも関係ない。その一時間ほどの越中さんの話で、迷いや不安が一瞬にして消えた。いつも通り楽しめばいいじゃん、て。越中さんには2007年から診てもらっている。僕の体と心を僕以上に分かっているのかもしれない。その後テーピングをしてもらい少しずつレースモードに仕上げてもらった。

 スタート。6日朝4;00Grachen1619m(グレヘン)には約140名のランナーが集まった。スタートはマイクパフォーマンスも無く、非常にローカル感が出ていた。勉強になる。Lizzyはとてもシャイでほとんどしゃべらない。しゃべっても虫が鳴くような小さい声。MCが教会の4時の鐘でスタートしましょう、と言っていたにもかかわらず、鐘は4時になってもならず、鳴らないけど行きましょう!と笑いながらスタートとなった。

 朝は雲が少し出ていて、あまり寒くならなかったが、グローブとアームカバーは必要だった。真っ暗なグレヘンの街を巡回していよいよトレイルに入っていく。さぁ始まったか。実は月曜日にスタートからCP1のEuropahutte2261m(ヨーロッパヒュッテ)までの区間で土砂崩落があり、コース変更ありとのメールが届いていた。いきなり初の1100mの登りがカットされ当初予定されていなかったRandaまではほぼ細かいアップダウンを繰り返しながらほぼトラバースで進む。Randaからは本格的な登りだ。ここでは日本から駆けつけてくれた穂坂さん夫妻もいて夜明け前だったけど応援してくれた。穂坂さんは膝悪仲間で、いつも僕の膝のことを心配してくれる。またイベントなどでもお手伝いしてくれたり、かなりお世話になっている方。また妻の麻子さんは過日の第2回ヤマケンカップ5kmの女子チャンピオン。寄せ書きや、応援ボードを用意してくれた。とても強くピュアな二人。800mほどの急登をCP1まで進む。やっと明るくなった頃に長い吊り橋が見えてきた。これが噂の世界一長い吊り橋。一度CP1に登り、また吊り橋に戻った。CPはとてもかわいい小屋だった。何名かの先行するランナーとすれ違い、グーテンモルゲン!と覚えたばかりのドイツ語で挨拶を交わす。吊り橋は495m。本当にかなり揺れ、高所恐怖症ではないのだけれど、景色を楽しむというより、揺れる橋のスリルあるアトラクションに夢中だった。きっとうちの妻はここは通れないので、もしこのレースに出場していたらここでリタイアだ、なんてことも想像した。フローリアンというドイツのランナーと叫びながら歩いた。(叫んでいたのは山本だけかもしれないが)絶景と絶叫、とても忘れることのできない経験だ。

 ここからはCP2のTachalp2162mまでまたトラバース気味で進む。ここは山の中の小さな集落で、ここに住んでいる人たちは何をして生活をしているのかな、なんていつもこういう場所に来ると考えてしまう。ここからCP3であるZermatt方面にアップダウンを繰り返しながら進む。暫くすると、伝説のトレイルランナー相馬剛さんが眠るマッターホルンが見えてきた。僕の中でマッターホルン=相馬剛。大きくてかっこいい。翔くんや雄太くんがカメラを構えている。こんな素晴らしい山に向かって走れるなんて、幸せだ。途中山に向かって何度も、相馬さんの名前を呼んだ。涙が止まらなくなった。山がぼやける。

 36,8kmのZermatt1624mに到着する。9時くらいだったか。ここまであっという間だ。エイドでバナナを食べたら、皆にびっくりされた。バナナ食べるんだ~って。

 この先は3350mにあるTheodulpassまでの一気登り。下見でだいたいの雰囲気はつかんでいたので、ゆとりはあった。右手にマッターホルン、左手にモンテローザ、左後方にスイス高峰ドムを見ながらひたすら登った。また相馬さんのこと考えていた。強くて優しい人。尊敬できる人だった。そんな相馬さんの応援もあったのか、あっという間にCP4のGandegghutte2929m(ガンデッグヒュッテ)に着いた。ここには雄太くんオススメの芋料理がある。雄太くんはスイスで2シーズンガイドをしていたこともあり、いろいろと詳しく話を聞くのが楽しかった。穂坂さん達がロープウエイで先回りしてくれていて、エイドで応援してくれている。ありがたい。穂坂さんは小笠原諸島に住んでいたときに相馬さんと交友があり、その後相馬さんのレースをサポートしていた。今回の旅は僕の応援だけでなく、相馬さんに伝えたいことがあったのだと思う。この登りではスイス人のヤーンと途中暫く話をしながら歩いた。話をしてすぐに心優しい人だと分かった。その心地よさにしばらく触れていたかったが、Seeyou!と挨拶し、マイペースで先を行かせてもらうことにした。この先は3000mを越えていくわけで、多少空気の薄さを感じる。Theodulpass手前の氷河では翔くんがモンテローザをバックにカメラを構えている。いいのが撮れているんだろうなと少しにやにやしながら歩いたり、走ったり。翔くんは年々体力がついてきていると思う。いいものを撮るためには労を惜しまない。いつも最高の場所にいてくれる。さらにTheodulpassには雄太くんがムービーをまわしている。テンションが高にあがる。一番いいところでしっかり収めてもらえることは本当にありがたいことだ。峠に着くと2名の日本人女性が応援してくれている。天気は良くはなかったが、高峰に着いたことと、応援してくれている方がいることで、エネルギーが全開になり元気になった。不思議な感覚である。ここまで9時間も全力できているのに、疲労が消える。人の潜在能力はどうなっているのだろう。知りたい。

 ここからはイタリアだ。言語をイタリアモードに切り替えて、(といっても挨拶程度しか知らない)ダウンヒル。雨が今にも降ってきそうな黒い雲が。登ってくるマウンテンバイカーにボンジョルノと挨拶しながらCP5Lago-CimeBianche2831mまで下る。ここにはフルマークスの舘さんが単独で待っていてくれていた。今回のサポートは本当に大変で、通生さんもこんなに車移動が多いレースは今までない、と言っていたくらい。僕が走れば数十キロのところを車では麓に下りて街まで行ってぐるっと回って数百キロかけて次のエイドに行く感じ。なので今回は手分けをしてサポートしてくれている。本当に感謝しかない。舘さんは実は今年の冬にスキーで攻めすぎて骨盤を骨折した強者で、今もボルトが入ったまま帯同してくれている、すごい人。ここまでロープウエイ2本乗り継いでで来てくれて、ここにはスキー客がたくいさんいたよ、と話してくれた。夏もスキーができるなんていいなぁと思った。そして、ここはイタリア。それだけでエイドのパンケーキがとてもおいしそうに見えた。迷わず食べた。うまい。ここにはステージレースの後尾の選手もいて、そのレースの様子を少し聞いたりしながら先に進んだ。ステージレースもおもしろそうだ。

 CP6RifugioFerraro2068mまでの下りは、いよいよ雨が本格的になり、レインウエアを羽織った。次第にあられに変わり、吹雪みたいになって辺り一面が一瞬で真っ白になった。不思議なことに、夢中で下ったせいか、サポートチームもいなかったせいか、CP6の記憶が全くない。CP7Gressoney-la-Trinite1828mは覚えている。ここはステージレース2日目のフィニッシュだったから。エイド手前でイタリア人のクリスチャンという選手に追いついた。彼は山岳スキーの選手でもあった。見たことのない曲がったストックを使っていた。

 CP71828mからCP8PassdeiSalati2922mまでスキー場をひたすら登る。クリスチャンと終始一緒に話をしながら登る。彼は気さくでノリが良くて、いかにもイタリア人ぽい話しやすい人だった。ヨーロッパの選手は、必ず戦績など聞いてくる。UTMB何位?が一番多い。やはりUTMBが基準なのだ。また、日本からサポートがあらゆる場所に何人もいて、CPへの入りにくさを知っている地元民として、「あなたのチームはクレイジー、すごいチームだ」と褒められた。お互いの仕事のこととか、家族のことたくさんの話を彼としながら歩いた。登りが長すぎて、ネバーエンディングストーリー、と笑いながら2時間ほど登り続けると、ついにCP8の峠に着いた。翔くんとパパスくんがカメラを構えている。テンションがあがるが、かなり寒い。小屋に入り、二人で床に座りストレッチをする。彼はスープを飲んでいたが、僕は特に飲むものもなく、食料も十分持っていたので、「また後ほど」と、あいさつをし、一足先に出発。ここからはCP9Alagna1193mまでの標高差約1800mのダウンヒル。ヘッドランプを出し、暗闇に備える。雨のガレ場は走りにくい。2200mより下はガスが晴れていて、雨も上がっていたが、それにしても長い下りだった。どれほどの時間がたったのか分からないけど、集中していた気がする。膝頭が痛くなることがあったが、ここまでは順調だ。昨年の足首のことなんか全く忘れていたくらい集中していた。ここまで約16時間。いよいよ夜になった。

 CP9Alagnaではこの区間を無事に走り終えることができ、一安心していた。それにしてもZermattからの登りに続きかなり大きな山だった。このレースはボスが4人いる。標高差1500m前後の大きな山を一気に登りそして一気に下る、そんな場所が4カ所ある。僕はすぐ、地元の山に置き換えてしまうのだけれど、だいたい南アルプスの広河原から全国第2位の北岳の感じを4回。すごいコース。今までに経験したことのないコースだ。アンドラも一気登りは1200m程度、レシャップベルは一カ所1500mの登りがあった。UTMBは途中確か1000m程度の一気登りはあったような気がするが、それよりも120kmからの3つの700mの登りが大変だった記憶がある。しかしこのモンテローザは前半に一人目のボス1700mがあり、中盤から後半にかけて2人目のボス1100m(CP7~8)、3人目1700m(CP9~10)、4人目1500m(CP11~12)。全面クリアにはかなりの時間と根性がいります。

 CP9からいよいよ3人目のボス。ここから1700m一気に登る。雄太くんの知り合いの地元ガイドさんからはここは長いよ、という情報があった。距離は登り11km下り10km。確かに長そうだ。エイドを出てすぐに前の山から下ってくるクリスチャンとすれ違った。「待っているよ」と声をかけ、山に入った。一時間後、ついに強烈な睡魔がやってきた。「ここでかぁ!」と、叫びながら、どうしようもない睡魔と戦う。ここまで眠気は多少あったが、トレーナーの越中さんの言うとおり、思考を変えることで対処できた。家族のこととか、将来のこととか、楽しいことを考えていれば眠気も吹き飛んだ。しかし今回はだめだった。どうしても眠い。この登りはつづら折りで非常に単調。しかし足場はガレている。コース外に落ちたら大変だ。クリスチャンと一緒に話をしながら登れば大丈夫だ、と思い、開き直り、レインウエアを羽織ってコース上のよさそうな一枚岩を探し仮眠。硬く冷たいベッドで傾斜がある。一瞬にして記憶がなくなったが、寒くてすぐに目が覚めた。時間約10分。震えながら立ち上がると、寒くて寒くてどうしようもなく、すぐ動く。目が覚めてからこんなに早い動きだしは今までにない。よそから見れば、かなりおかしいだろう。クリスチャンはまだ来ない。しばらく体を温めるように歩いていると、山の中にレストランがあった。幻覚かと思ったが、確実にレストランだった。こんなところに、と思いつつスルー。軒先もあり、ここで休んだ方がよかったかな、なんてつぶやきながら歩いていると、なんと、また睡魔が。さっきから20分もたっていないのに。寒くて逆に疲れたか?また限界がきて、今度は石に腰掛けて3分ほど寝る。また目を開けて、少し行っては寝る。そんなことをしているうちにうしろからランプが見えた。クリスチャンに違いないと思い、また腰掛け目をつむり寝る。ランプが僕の目の前に。おお、クリスチャン、会いたかった、一緒に進もう、となり峠を目指す。彼もかなりきつそうだったけど、話をしながら、ときに叫びながら進む。登りはどうやら僕のほうがペースが速そうだ。僕も彼も眠くて、彼の先に行っては、3分くらいの差になったら前で寝る。そしてクリスチャンがきたところで起きてまた進む。この繰り返し4回ほど繰り返した。クリスチャンは僕の目覚まし時計になっていた。そしていよいよ峠。長かった。時計を見ると、登り始めて4時間も経過していた。ここでクリスチャンと差がついてしまった峠に着いたとき、下に向かって大きな声で「クリスチャ~ン」と叫んだのが後だった。彼はこの下りでリタイアした。その下りとは、10kmの永遠と続くガレ場のつづら折りだった。標高を下げて森の中に入ると足下はぐちゃぐちゃ、進みにくいコースだったことを覚えている。結局2時間下りっぱなしで、やっとCP10Quarazza1369mに到着。そこは森の中でスタッフも3名ほどしかいなかった。もっと賑やかなのを想像していただけに、少し寂しかった。でもこのレースはそういう盛り上がりではなく、すごいコースを提供してくれている。それだけで充分だと思った。

 そこからCP11Macugnaga1309mまではほぼフラットな林道を5km進む。走っているのだがここでまた睡魔が来た。走りながら次のラストボスは絶対眠くなるなぁ、と不安になった。CP9~CP11まで5時間で行く予定だったが、6時間半かかってしまった。

 CP11では、チームの皆に「眠かった~」と漏らした気がする。しかしあまり記憶がない。サポートの皆もかなり大変なレース。通生さんは僕がだらだらと話をしている間に、ザックのポケットに入れてくれる。さて、次はラストボス、CP12MonteMoroPass2840mへの急登だ。標高差1500mちょっと。今までの経験ではかなり身構えてしまう登りだが、もう慣れた。登り始めて1時間。快調。なかなか睡魔来ないと思いながら登る。前評判通りかなりの急登だ。森林限界を越え、空が見えた。すごい星だった。石に腰掛けライトを消して空を見上げた。その後10秒ほど目を閉じた。眠気も無かったが、更にスッキリした。ラスボスとは相性がいいのか、ストックでガシガシ進む。ここまで130km、高に気持ちよかった。Moroに近づくにつれ、ガレた岩が大きくなっていった。睡魔との関係性はまた謎に包まれたが、ちょっとしたことで、どうにかなるという希望も感じることもできた。

 2時間40分ほどで、雪の女神、マリア様がいるMonteMoroPassに到着。とても寒くて、孤独感があったが、峠の小屋には舘さんとパパスくんが来てくれていた。本当に本当にうれしかった。ここに来るまでにかなりの時間がかかっている。そこに来てくれている。ありがたい。標高が2840mもあるのにエイドの小屋は賑やかで、なぜか綺麗な女性がたくさんいた。舘さんは特にご機嫌がよさそうに見えた。長居をしたい気もしたが、挨拶だけして、マリア像を拝見し、ここからは超ガレ場を下ることになる。天国から現実の世界へ。ガスが濃かったので、コースロストをしないように慎重に周りを見ながら下る。なんとか無事に超ガレ場を脱出することができた。ホッとした。そこからは一気に雰囲気が変わり、穏やかな気持ちの良いトレイルを標高1400mくらいまで下り、そこからCP13SaasFee1796mまで湖沿いの林道を走る。ここは牛や馬がいたり、小川が流れていて、とても気持ちよい場所だった。この変化に富んだコースを走ることで、僕はやっぱり走りにくいところが得意だとつくづく感じた。エキサイティングなほうが好きだ。これは人生においても同じなんじゃないかなと近とくに思う。

 SaasFeeは有名なスキーリゾート。かなり雪が積もるらしい。冬に来てみたい。ゲレンデを走るときはいつも冬の姿を想像する。150km、29時間、こんなに走ったのにとても元気だった。いよいよ次に仲間に会うのはゴール。今回は長時間になると考えながらエイドを出発。ここはトラバースがメインのルートで、しかもそのトレイルは右側が断崖で、落ちたら死ぬと思いながら、トレイルのできるだけ左側を慎重に走った。崩落地帯も多く、「ストップ、音を聞いて」という看板がいくつかあり、スリリングであった。SaasFeeを出発して1時間ほどたったところで自分の様子がおかしいことに気づいた。もちろん睡魔も来ていたがいつもと違う。2014年、始めて睡魔に苦しめられた南インド洋に浮かぶ島、レユニオンでのレースのときと同じ感じで、それは心と体がバラバラになっていくという現象だった。山本健一という選手がいて、それを別の誰かが支配している。誰かにコントロールされている。ここは走ってとか、気を付けてとか、ストックをしっかり突いてとか、眠りそうだよとか。その誰かっていうのは、もしかしたら自分かもしれないけど、別の誰かが走っているかのようにも思えた。とにかくこれはやばいと思いながら、今走っているのは俺自身だ、レースをやっているのは俺自身だと何度も心が肉体から離れていくのを止めながら進んだことを覚えている。絶対に事故を起こしてはいけない。そんな場所だったから後しっかりと集中して走りきることができたのかもしれない。このコースに感謝。

 CP14Hannigalp2126mまで残り2kmほどのところで、Zermattの登りで会ったヤーン(スイス)が追いついてきた。すぐさま「一緒にゴールしよう」と言われて、迷わず「もちろん」と返答。ここまででお互いに出し切っていたのでもう勝負はどうでもよかった。フィニッシュのGrachen1627mまでは標高差500mのダウンヒルを全力で駆け下りた。自分でもこんなに力が出せるんだ、と思うくらいの走りだったと思う。最近感じなかった野生を少しだけ感じた瞬間で、それを引き出してくれたヤーンに感謝である。後に街に出る手前のアスファルトで舘さんが待っていてくれた。去年バスクのレースでリタイアポイントに一緒にいてくれてた舘さん。今年は最高の瞬間を一緒に過ごすことができ、うれしかった。

 ゴール会場は人は多くなかったが、声援は聞こえた。14ヶ月間目指していた場所に辿り着くことができた。やっぱり最高の場所。サポート隊、家族、自分の体、日本で応援してくれている仲間、生徒。感謝しかない。スイスイとは走れなかったが、本当に満足いくレースだった。やりきった。涙は出なかった。なぜなら、楽しくてしょうがなかったから。去年のリタイアしてたことも忘れていた。ゴールでは心から楽しい時間を過ごすことができた。4位の選手もすぐに入ってきた。みんなすごい。このコースを完走するだけで100点だと思う。

 夜は直子さんにリクエストして豚の生姜焼きを作ってもらい、がっついて食べた。こちらも最高の瞬間だった。そして越中さんにマッサージをしてもらいながら、二人で落ちる、という定番のパターンで2018年UTMRは幕を閉じた。

 閉会式ではMCがやたらと盛り上げてくれ、お祭り好きな僕にとってはとても心地よい時間だった。閉会式が終わった後、1人の少女が僕のところにやってきて、サインを求められた。日本語で「日本はいいところ、いつか遊びに来てね」と書き、日本語を勉強してこれを読んでね、と伝えた。うれしい瞬間だった。

 多くの皆様に応援され、無事に14ヶ月と33時間10分で完走することできた。しかも準優勝のおまけつきでした。本当にありがとうございました。

レポーター紹介
山本 健一
山本 健一

トレイルランナー

2008 年ハセツネ新記録での優勝で注目を浴び、2012 年UTMF にて日本人トップとなる3 位、フランス ピレネー100 マイルにて日本人初優勝と名実ともに日本を代表するトップトレイルランナー